続・東温日記

「東温行こ」
社長が言った。
「明日から」

この前行ったばかりだというのに、またか。もうか。そんなによかったか?

劇場で担当する演目、子供のためのシェイクスピア『リア王』も公演を間近に控え、また、今年も関わらせていただく夕暮れダンスのメールもバンバンやってくる中、正直慰安旅行どころじゃなかった僕は、意を決して社長にこう言った。
「はい、わかりました」

果たして、22時に出発するフェリーに乗って、また松山に向かう。着くの朝の5時だぜ!前回の経験から、最も安い2等客室内はうるさいし明るいしで寝にくいのを知っていたので、酔いに任せて眠りにつくしかない!と考えていたその矢先。「企画書作ろうや」と社長が言う。マジか。これ慰安旅行やなくて合宿や。出港前から畳敷きの共有スペースに場所を確保し、出港……23時……24時……と時間が進むにつれ、人気(ひとけ)がなくなっていく。「あと4時間で起きないといけないのにいまマンガ読む必要ある?」と問いたくなるほど熱心にマンガを読んでいる女の子以外、誰もいなくなった。それを尻目に黙々と作業する我々。

企画書ができあがったころには、我々はビールを3缶ずつ空けていた。酔いなのか疲労なのかわからないけど何かが蓄積していて、スッと眠りにつける自信があった。1時に寝る。

4時に起きる。そこから「はい起きてくださーい。4時でーす。起きて下船の準備してくださーい。はいはーい起きて起きてー」みたいなアナウンスが定期的に流れる。どうせ二度寝できないだろうと思って起きる。起きてまた共有スペースへ。抱えていた仕事をひとつ片付けて、気がつけば下船の時間の5時が来ていた。5時に下船してもできることなんもないので、7時まで船内に残る。

客室に戻ると社長はまだ寝ていた。すごいな。よく眠れるな。顔を洗ったり着替えたりしていると、社長も起きた。うだうだしているとあっという間に7時前。下船する。

長い連絡通路を歩き、ターミナルまで行くと、また高山力造さん(以下、力造さん)が車で迎えに来てくれていた。デジャヴ。暇なのか?「朝早くからありがとうございまーす」と形だけの感謝をする。

車で松山から東温へ。今回は前回と違って割とすいすい進む。「すき家でメシ食おう」と社長が率先して言う。もうすき家でいいんだ?前回と同じすき家に行き、前回と同じ店員がおり、前回と同じ定食を頼み、食べる。食べながら、これなんか意味あるんかなと思い始める。つい10日くらい前にやったことをトレースしとるだけやんけ。

こういうとき、深く考えてはいけない。考えこむのは、暇があるからだ。人生について深く考えるのなんて、暇人のすることだ。意味とか考えてはいけない。目の前の物事をたのしむこと。それが人生をうまくやっていくコツだと最近よく思う。いまは目の前の、すき家の鮭浅漬け定食を楽しもう。

無心で食事をしたのち、車は力造さんちに向かう。道中、いま読んでいる中野信子女史の新書「サイコパス」で、サイコパスのひとの特徴というのが9つ挙げられていたことを話し、知人のあいつはサイコパスだ、こいつもサイコパスだというサイコパス診断をしてキャッキャしていた。我々がいちばんサイコパスっぽかった。

力造さんちに着く。時刻は午前8時15分。まだどこも開いてないやんけ。小中学校くらいしか開いてないぞ。力造さんは、「じゃ、ちょっと畑に行ってきます」と言って、畑に行った。力造さんを見送ると、社長は早速布団を敷き始めた。え、寝るん?確かに寝るくらいしかやることないけど。早速寝るん。僕も眠いので寝た。

夢とうつつの狭間のなかで、
・忙しい時期に
・わざわざ愛媛にやってきて
・力造さんちで
・寝る
という己の所業の意味を考え始めた。……いかんいかん。考えこんでしまうところだった。こういうとき深く考えてはいけない。考えこむのは暇があるからだ。人生について深く考えるのなんて、暇人のすることだ。意味とか考えてはいけない。目の前の物事をたのしむこと。それが人生をうまくやっていくコツだと最近よく思う。いまは目の前の、力造さんちの布団を楽しもう。

3時間くらい経った。12時だった。なにもしてなくても腹は減る。なにしろ朝食食べたの7時過ぎだったんだもん。力造さんも畑から帰ってきて、昼食を食べに出る。

力造さんお勧めのうどん屋さんでうどんを食べる。ハエがずっとうどんの周りを飛んでいて、グラディウスのオプションみたいだった。愛媛のうどん(のすべてがそうではないと思いますが)、コシがあって噛んでもかんでもちぎれない。ゴムみたいだな、と思った。おいしいうどんを食べてるのに、それを表現するための言葉がゴムて。語彙力の低さが問われる。でもマジでゴムみたいだった。いい意味で。おいしいゴムみたい。

昼食を終え、ちょっと所用をすませて、さくらの湯という最高の風呂に行く。風呂で社長にクロールの手のかき方を教わるなどして、風呂を堪能。慰安旅行や……。

それから松山に行って、シアターねこにお邪魔し、鈴木さんとちょこっとお話しする。貴重な話を聞く。やっぱりその土地その土地に特有の歴史があって、それが今の状況につながっているんですねということを知るのはおもしろい。そのまま松山の大きなアーケードをぶらぶら歩く。社長が「財布持ってないけどビール飲みたい」というので、千円渡す。

卑猥なものを彷彿とさせるCMを作成したことで炎上した発泡酒を買う。炎上、やっぱ広告効果あるなー。アルコール7%だったのですぐに酔う。

その後、世界劇団の赤澤さまと打ち合わせの予定だったので、合流。1時間ほどで別れる。赤澤さま、見つめあうと素直におしゃべりできなくてごめんね……。その後、力造さんと同じく地域おこし協力隊の向井さんという方と合流し、弊社のふたりと力造さんと向井さんとで飲む。力造さんと向井さんは同じマンションに住んでおり、なので力造さんちから歩いて10分くらいのところにある居酒屋で飲んだ。花梅というその小料理屋は、食べ物がどれもおいしくてよかった。要所要所で大将がやってきて、食べ物を勝手に持ってくる。「がんもが作れるのだが」「寿司を握ったのだが」みたいな感じで、これ食べて1個5,000円とか請求されたらやだな……と思ってたんだけど、食べると5,000円払ってもいいです!ってくらいおいしかった。実際請求されたら二度と行かなくなると思うけど。がんもがあんなに美味しい食べ物だったなんて知らなかったよ……。

花梅はその名に梅を冠する通り、梅酒で有名な店らしい。確かにメニューを見ると、料理のページが6ページくらいだったのに対して、梅酒のページが285ページあった。嘘です。でも10ページくらいはあった。確実に料理より多かった。「えー、梅酒どうする〜?何飲む〜?えー、とうがらし梅酒とかあるよーウケる。えーこのとろとろ梅酒ってなんかエロくない?とろとろて笑」と、男4人できゃっきゃしながら梅酒の飲み比べセットを頼む。とうがらし梅酒、意外といけました。

「なんかまだ帰りたくないねー。飲み足りなくない?どうする?宅飲みしよっか笑」となり、ファミマで酒を買って、力造さんちで4人で飲む。「あ、なんか酔っちゃったみたい……」と、力造さんが布団に横になった。

「り、力造、寝たな」
「寝息立ててるぜ……」
「ど、どうする?」
「どうするって?」
「バ、バカ、言わなくてもわかるだろ?」
「ゴクリ……」
「なあ……」
「うん……」
「なんだよ」
「いや」
「お前が言い出したんだろ」
「いや、言い出したのは俺だけどさ」
「じゃあお前がまずいけよ」
「い、いや、俺は、別に……」
「んだよ、逃げんのかよ」
「逃げるってなんだよ」
「じゃあ俺がいってもいいんだな?」
「あ、や」

みたいな会話は一切なく、「力造潰れたな」みたいな空気を一瞬出しただけで、3人で黙々飲み、語らう。その様はツイッターでリアルタイムに更新したので、そちらをお楽しみください。主に力造さんが寝てるの撮っただけだけど。力造さん起きてたらよかったのに。おもしろい話いっぱいしたのに。主に猥談だけど。

 

翌朝。着衣に乱れがないことを確認し、起床。起床はしたものの、あとは帰るだけだし、帰りのフェリーは22時出港だし、五度寝くらいしかすることがなかった。マジで書くことないような過ごし方をした。主に携帯を見ていた。FF15と謳ってはいるもののこれFF15じゃねえだろという感じのFF15のゲームをやったりやらなかったりした。なんだこれ(もう消しました)。

昼、本坊書房と会う。本坊書房の車で東温のコミュニティスペースに行く。車を降りると、本坊書房の車の左後ろがめちゃくちゃ擦れているのに気付く。「わー!えー!わー!えっえっ!わー!うそー!えー!えっえっなんでなんで?えっ、わー!うそー!えー!どこで?えー!」みたいな感じでずっと叫んでて、「こういう鳴き方の犬いるよな」と思った。中型犬の、威嚇なのかはしゃいでるのかわかりづらい、中間みたいな鳴き方。あんな感じで本坊書房は絶望に打ちひしがれていた。5月に買ったばかりの新車らしい。車の擦れ具合は生肉公式ツイッターをご覧ください。絶望する本坊書房もごいっしょにおたのしみいただけます。

コミュニティスペースから帰る。本坊書房が車を擦っていたことを確認しただけだった。また18時くらいまで力造さんちで自由時間。寝ようとしたり、結局寝なかったり、オフラインでmola!の記事書いたり、ダサい劇団名を考えたりする。力造さんは15時から高松に旅立つことになっていたので、あとのお世話は本坊書房がしてくれることになっていた。前日の朝から翌日の午後まで当直だった本坊書房。寝不足なのにありがとう。車もめっちゃ擦っていたのに。

18時前に本坊書房が迎えに来てくれて、松山に向かう。帰りのフェリーに乗る前に、ひとに会うことになっていた。以前「旧劇団スカイフィッシュ」というカンパニーを大阪でやられてて、その後東京に移り、今年の春に松山にやってきた小嶋一郎さんだ。小嶋さんは北九州に来られた際に一度だけお会いしたことがあって、先日の慰安旅行中にたまたま再会した。それでまた訳あって、今日会うことになったのだ。

小嶋さんとの待ち合わせの間、社長に1本の電話が入る。

 

 

……。

 

 

ここまで弊社の慰安旅行だと思って読んでいただいていた方もいらっしゃるかと思いますが、実は弊社は東温市でプロポーザルに参加していたのでした。上述に「昼食を終え、ちょっと所用をすませて、さくらの湯という最高の風呂に行く」という一文がありますが、この「ちょっと所用」がプロポーザル。プレゼンしてきたの。先日の慰安旅行も旅行じゃなくてプロポーザルのための準備。で、その結果が社長に電話で告げられたのだった。

 

落ちたーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!

 

はい!残念でした!ざんねーん!やっぱ東温市の事業を北九州市の会社が取るの無理だよね〜〜〜〜〜〜〜〜。ガツガツしすぎてすいませんでした!!ということで、本坊書房が遠くの駐車場に車を停めに入っている間に物事が大きく動き、小嶋さんともお仕事ごいっしょできるかもしれませんね〜みたいな感じからの打ち合わせだったのが全て水泡に帰し、ていうか小嶋さんわざわざ来てもらってるけどもうその必要なくなりました〜みたいな感じだったけど5分後くらいに小嶋さんがやってきて、喫茶店に入り、打ち合わせしましょかという空気を演出しつつ、「プレゼン負けちゃった」とテヘペロした。本坊書房が唖然としていた。我々以上に唖然としていた。ごめーん。

プレゼンには負けちゃったけど、わかったことがたくさんある。
・地域おこし協力隊が、マジでがんばって現状をよりよくしようとしている
・東温市の風景は、住民からしたら当たり前になってるかもしれないけど、豊か
・力造さんと向井さんがいるから、まあなんとかなりそう

プレゼンに負けたと言ったとき、本坊書房はガーンってなってたけど、東温の未来はそんなに暗くはないんじゃないか?めっちゃ明るいってわけでもなくて、手放しで「アー未来に期待!」みたいな感じにはならないだろうけど、まあ力造さんたちいるから、変なことにはならないでしょう。おもしろいことをやれる土壌が整ったときに、弊社がお手伝いできることがあれば、微力ながらお力添えできればと思います。

とりあえず東温の今後はいろいろな意味で要注目です。できれば今年度中にまた行きたい。