伊佐日記

mola!に今年度から外部ライターとして数名の方が参加してくださることになり、そのお礼として、経費弊社持ちで忘年会をやろうと画策していたのだけど、週末しかダメな方と週末はどうしてもNGな方がおり、「そりゃそうか」と唸った結果、「我々がお礼行脚に伺う」というソリューションが採用された。ということで、この週末、北村・藤本は九州南部駐在員Hさんにお会いすべく、そして、彼がおすすめしてくださった「劇団いさ」の公演を観るべく、鹿児島県は伊佐市に行ってまいりました。

伊佐市、鹿児島県のもっとも北に位置していて、ギリ熊本じゃない鹿児島、みたいなところにある。実際、福岡から行く際にも新幹線は新水俣(熊本県)で降りて、3時間に1本くらいの観光バスで伊佐市街地まで出ることとなった。新幹線で1時間ちょっと、バスで40分ちょっとなので、意外と近いという印象。

「劇団いさ」の打ち上げにもお邪魔して1泊する予定だったので、Hさんに「打ち上げ会場の近くで安いお宿を紹介してください〜」とお願いしたところ、伊佐市のサイトに伊佐市内の宿泊可能な宿が掲載されており、「ここかここがオススメです」と言われて驚いた。宿、市のサイトに載るんだ……。おすすめされた松栄館という旅館に電話で予約。「えーと、21日に……藤本様、2名様、1泊、はいかしこまりました」というやりとりだけで予約が完了。ほんとに予約できたか不安だったけど、結果的にできてました。

その松栄館、和室を1部屋ずつ用意していただいたんだけど、ほんと「和室!」って感じで、宿専用のWi-Fiもあって、とても落ち着いた。あと、近くにダイレックスもあるし、数奇なご縁から何度か伺ったE県のT市とつい比べてしまった。わたしはWi-Fiが好き! 便利大好き!

宿について30分くらいごろごろしていたところ、社長から「なんか文化祭っぽいことやってるらしいし、会館行こうぜ」と言われ、行った。宿から歩くこと15分、川を渡ると伊佐市文化会館が見えてくる。この川べりが、金八先生のオープニングにも使えそうな絶好のロケーション。実際武田鉄矢も歩いており、試しに「金八先生ー!」と叫んだら、どこからか生徒たちが集まってきたので、おもしろくてそれを4回ほどやった。嘘です。

会館の手前に体育館及び運動場があって、若い子たちがサッカーなどを行っていた。スポーツ、いいですね。「演劇やるよりよっぽどいいよな、心にも身体にも」とか言いながら、「本物感動文化フェスティバル」なる文化祭が行なわれている会館に入る。

ロビーでは、どこかの高校の展示発表や、茶道部による茶道体験などがあった。せっかくなので茶道を体験する。こういうとき、以前劇団衛星の『珠光の庵』という作品で学んだ侘び茶の知識が活用できて便利。今度劇団衛星がお近くで『珠光の庵』を上演する際には、みなさんぜひ観ましょう。

まずお茶菓子をいただいたので、「これどういうタイミングで食べたらいいんだろう……」などと思わず、「確かお茶が出る前に食べてしまっていいはず」という珠光の知識を用いて食す。そして、お茶をいただいたので、隣のひと(順番にひとりずつお茶をいただけるシステム)の作法を見て真似する。珠光で学んだ知識、身についてなかった。なんかお茶碗に描いてある模様とかを目で愉しんだあと、2回くらい手前に回して茶を飲み、飲んだところを指で拭いて、また2回回して、再度お茶碗の模様を目で愉しむみたいなシステムだったと思うので、大いに愉しんだ。いつ、どんなことが役に立つかわからないので、劇団衛星の作品はできるだけ観ておくべきですね。

その後、ホールのなかに入る。「チームちむどん」という団体が組踊(くみおどり)をやっていた。途中に進行役の男の子2人による寸劇みたいなのが入るんだけど、設定があまりわからずおもしろかった。「次は、いま流行りのあの曲も踊るぞ」みたいなことを言い出したので、「ダンシング・ヒーローじゃあるまいな」と思っていたら、なんと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンシング・ヒーローでした!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちむどんの後は、キッズダンスを見る。なんかHIP HOPっぽい曲に合わせて、ダボっとした服を着た小〜高校生たちが踊っていて、「こういうのどこで触れ、どこで覚えてくるんやろ」などと考えた。この子ら、こういうダンスが盛んな地域に憧れるかもしれんけど、むしろ伊佐のこの土地で、ときに鬱屈とした気持ちなども抱えながら「やってやる」感を蓄え、しかるべきときに爆発させる方がよいのではないかみたいなことを考えながら観た。みんな生き生きしててよかったです。

そしていよいよ最後は、会場を小ホールに移して、演劇ワークショップ「劇団いさ」3期生による発表公演。「心に残る ありがとう」をテーマに募集したエッセイを原作とした、3本のオムニバス公演。「お祖母ちゃん、あいがともさげもした」「隕石姉妹」「たくさんのありがとう」という20〜30分程度の短編3本。

1本目の「お祖母ちゃん、あいがともさげもした」は、「おばあちゃん、ベリーベリーサンキュー」という意味で、鹿児島でもあんまり使われない(と思う)方言。世代を超えて「おばあちゃん」とのつながりを描いた名作。

2本目の「隕石姉妹」は、1886年に伊佐市に実際に隕石が落ちたらしくって、それをモチーフにした作品。いまその隕石には伊佐市にはなくて、鹿児島県立博物館と、なんと大英自然史博物館にしかないとのこと。鹿児島県立博物館の隕石が、上演後30分だけ特別展示されててラッキーだった。

3本目の「たくさんのありがとう」は、お通夜前の風景を描いた作品。いい歳になってきたので、こういう風景は共感できますね……。描かれている家系が複雑で、さらに登場人物もそこから厳選された3人だけだったので、理解するまで関係性をつかむのが難しかったけど、中学生役で出ている男の子の演劇がよく、その後お邪魔させてもらった打ち上げで握手をしてもらった。当然「お前は誰ですか」という感じで困惑していた。ごめんね。

全部で75分の上演の後、演劇集団非常口による「来年の劇団いさで上演予定の作品」の朗読があった。「この続きは、来年観に来てね〜」みたいな終わり方でよかった。観客は100名くらい。ほぼ満席といった感じ。これ前日も2ステージやってるから、人口25,000人の伊佐市民のうち1%くらいは見てることになるのでは。そんなにないか? 北九州市だったら人口約95万人として1%は9,500人。北九州芸術劇場の大ホール8回満席くらいだ。

上演後、ブックオフからのダイレックスに行き、発泡酒とつまみを買い、2時間くらい宿でちびまる子ちゃんなどを見ながら飲んで過ごした。それから打ち上げに参加。「誰お前」とお思いであろう方々に名刺を渡しながら、「あっしは悪いやつではないでヤンスよ〜」と自己紹介をしてまわった。

行政の方も多数参加され、どういった思いでこの事業(「劇団いさ」とか)を支えられているのかを直接聞けてよかった。わたし伊佐市民じゃないけど! 行政の担当の方々の顔が、参加者にもきちんと見えているというのはいいですね。そういうの、都市規模や組織規模によって無理なところもあるだろうけど。とある役職の方が、「伊佐市では、いろんなスポーツや文化活動をみんながたのしんでやっている、というのが『伊佐市の文化』なのです、と言えるとよいですね」みたいなことを言われており、要するに「みんなたのしいといいよね、そういう市にしたいよね」みたいなことだったので、深く頷いた。こういう方が文化行政に携わられているのはいいですね、愛を感じますね的なことを言ったら、「愛……?」みたいな反応だったけど。でも愛を感じました。

「劇団いさ」は公演直前にインフルエンザが猛威をふるい、決して一筋縄ではいかなかったようだけど、でも、打ち上げに参加させていただいて、その打ち上げの空気がなんかいいなあと思った。仲の良い親戚の集まりにお邪魔させていただいた感じ。その後、非常口の方々をメインとした10名程度で2次会へ。2次会では非常口のエピソードを中心に、伊佐市文化会館の話や、ツアーで他の会場で公演をした際の体験談などを伺う。非常口さん、来年アゴラで東京公演あるからがんばってほしいですね。2次会も含めて12時には完全に終わるというのが健全でよかった。こういうのほんといいですよね……。もう必然的にタクシーしかない時間に終わるやつつらい……。まあ、伊佐市では最終のバスが18時くらいというのもざらにあると聞いたので、結局みなさんタクシーなのかもしれませんが……。

宿に帰って風呂も入らずに寝た。

 

6時に起床。なんかずーーーーっと夢を見ていた。伊佐のことについて学んでいた気がする。疲れていたので風呂に行く。風呂、家庭用の浴槽がふたつ、直列つなぎで設置されており、その片方だけに湯が張られていた。「あ、了解です」と思いながら入る。大きな窓があり、寒かったので、スクワットや腹筋などをして身体を中から温める手法を取る必要があった。

風呂から上がり、Wi-Fiを駆使して雑誌などを読む。9時半になり、Hさんが迎えに来てくださって、出発。その後打ち合わせを1件行い、Hさんおすすめの貝汁が自慢のご飯やさんで早めの昼食をとる。貝汁定食、貝汁か〜と思ってたけどおいしかった。安心するよね……。

Hさんが伊佐から新水俣まで車で送ってくださり、ああだこうだと話をしながら窓の外の景色を眺めつつ考えたのだけど、よく、「地方こそこれからの希望だ」的なことを言うじゃないですか、特に都会のやつが。あれ個人的にはムカついてたんだけど、自分も伊佐に対してそういう視点があったことに気づき、まず反省した。演劇都市北九州様の考えを「その他の地方(地域)」に押し付けてるような思考があるな、と思った。そして、その「地方」に住んでるひとは別に東京様や北九州様の希望とかなんとかのために生きてるんじゃねえわという至極当たり前のことを考えた。その地域に愛着を持っていて、好きで住んでて、好きだから住んでて、そこで生活をしながら、好きな演劇やダンスにも取り組む。それで食べていこうとかそういうのじゃなくて、楽しいからやるし、楽しめるやり方をやる。そういうことを、非常口の方々や「劇団いさ」のみなさんはシンプルにやっているのではないか、ということを感じた。それこそが希望だよと、たとえばよその土地に住んでるひとが言ったところで、「はあそうっすか」なんだよねほんとはね。希望を見出すのは別に勝手にやっていいと思うんだけど、それはもう、「そこで生きてるひとたちがそこで生きてるからこそ手に入れられる宝物」なのであって、あんたたちには無理だよ、手に入れられないよ、みたいなことを考えたんだけど……伝わりますかね。

要するに、伊佐で宝物を見せていただいて、すっごいよかったんだけど、キョロちゃんが「それほしい!」って言ったところで無理です、手に入れられないです、で、それでいいじゃないですか、キョロちゃんはキョロちゃんで、自分の住んでる土地で宝物を手に入れなよ、みたいなことを考えた、みたいな感じなんだけど……。北九州で手に入れられる宝物ってなんだろうね?

伊佐には、宝物があります。みんなでたのしそうにつくってた。それを垣間見ることができて、ほんとうによかった。Hさん、どうもありがとうございました。新水俣の駅で、Hさんは隠し持っていたお土産を我々ふたりにくださった。金箔入りの伊佐錦! もうHさん大好き! 伊佐大好き!

ということで、「Hさんありがとうツアー」のはずが一方的にもてなされてしまい、「こりゃたまりませんなあ!」となりながら新幹線に乗り、15時から予定されていた打ち合わせのことを考え、「寝るか……」となり、博多まで寝たのであった。打ち合わせを粛々とこなし、先日抜いた親知らずの抜歯をしてもらって、帰った。