信・行・解

1年くらい前から、NPOとかまちづくりとかにもやんわりと関わり始めている。思えば高校で演劇の世界に足を踏み入れて以来、演劇の世界しか知らなかったということに今朝気付いた。遅い。途中で2年くらい飲食の世界というものもちょっとだけ知ったけど、その時期にも演劇の世界にはちゃんと足を突っ込んでいたわけで、なんかちょっと……これはちょっとどころじゃなくヘビーですね……。

NPOとかまちづくりとかにもつま先を突っ込んだおかげで、当たり前だけどこの世は演劇の世界の論理で動いているわけではないということを実感しつつある。何を知らなかったかをいま知り始めている。もちろん、どこの世界も似たようなものだなと思うような論理もある。演劇の世界以上にルーズかも、みたいなのもある。

先日、NPO絡みのとあるお仕事の流れで、「信・行・解(しん・ぎょう・げ)」という仏教の考え方があるのを知った。みんな、理解して実践するなかでだんだん物事を信じられるようになっていくけど、「まずは信じてみて、実践して、そして最後に理解に至ればいい」というのが「信・行・解」とのこと。まず信じるのってムズい。九大を出ている高学歴の僕は、自分の頭できちんと考えることが自分の長所であると思っているけど、「わからんと動けん」という悪しき側面もある。要は、頭でっかちなわけ。

「信・行・解」ができるのって、弊社社長が相手のときくらいしかない。それでも全部が全部信じられてるわけではなくて、3〜4割は「うーん……」と思ったりすることもある。けど、6割くらいの割合で、「まあ、このひとが言うんならわからんけどそうなんだろ、やってみよ」と思えるようになった。それは、二番目の庭で作品をいっしょにつくってきたという経験があるからなんだけど。

ひとを無条件に信じるのは、思考停止にも近い。けど、自分の思考が必ずしも正しいというわけでもないし、たまには他人の言うことをそのまま受け入れてみてもいいんじゃないかと、はたから見てて思うことはあっても、自分で実践するのは難しいから厄介なんよねえ……。そんでこれは別に演劇のひととかNPOのひととか関係なくて、人間みんなだいたいムズいやつで、なので仏教みたいな宗教が教えてくれてるんだと思う。周り見て自分と同じくらいできてないひと見つけて安心するのおろかだと思うけど、周り見て自分と同じくらいできてないひと見つけて安心するおろかなやり方でやっていくしかない。なぜなら俺はおろかだから……。