歴史に残らない

目下、大体2mmの新作公演「荷物はどこから来たのか 中身は何か あとどこへ置くのか」をつくっている。

前回(2年前)の「退屈という名の電車の駅のホーム」では、「稽古嫌い」という自分の心情に忠実に、「できるだけ少ない稽古回数でやったろ」と考えた結果、全部で10回くらいの稽古で本番を迎えた。人間は2年で変われるはずもなく、相変わらず稽古嫌いではあるのだけど、今回はちょっと10回じゃ厳しいやろと考え、ちょっとだけ稽古回数を増やしたスケジュールを組んだ。ところが、それでも間に合わんとなり、さらに2回くらい稽古を追加。結果、割と普通に稽古している。

稽古は主に土日にやっているので、1回の稽古は平均4時間。途中休憩を取るのも1〜2回しかなく、稽古時間中はほぼみっちり稽古している。真面目だ。自分で言うけど。今回はひたすらダンボールを運ぶ話で、それが、ダンボール運んどきゃいいだけやろという単純な話でもなく、ダンボールを運びながらこのタイミングでこれをこうする、みたいなのが終始続くので、稽古が終わると大体みんなぐったりしている。4時間延々「右手で三角を、左手で四角を描きながら、足で5拍子のリズムを取る」みたいな稽古をしているので、そりゃ疲れるだろという感じ。

7〜8月をこのお芝居に費やしているので、2018年の夏、平成最後の夏の思い出といったら、この作品をつくったことが間違いなくノミネートされる。気がつけば37歳になっていて、自分に特別な才能もなく、かといって人一倍の努力をする心根もなく、要するに「凡人である」ということを受け入れ始めてからすでに結構な時間が経った。もう演劇でなにかをなしたいだとか思わなくなったし、完全に趣味とか道楽とかで作品を作っている。それを悲しいとか不甲斐ないとかも思わず、楽しけりゃいいじゃん(ていうか楽しくなかったらやらんわ)というその一心のみでやっている。だからといって別に手抜きをしているわけじゃなくて、もしかしたらむかし以上にきちんとやっとるかもしれん。遊びこそ、本気でやらんと意味がない。

2018年の夏をつぎ込んで作っているこの作品も、せいぜい100人くらいしか観ることはない(なぜなら2ステージしかやらないので)。なんらかの賞レースに乗っかってやろうという公演でもないので、演劇史にその名を刻むわけでもなかろう。まあ、お客様の中に岸田戯曲賞に推薦できるほどの方がいらっしゃったりしたらわかりませんが。そういう、多くの人々の歴史には残らないであろうものを、大の大人がたくさん集まって、2か月かけて作っているということ。そういうことに、個人的には、美学というのかなんなのかわからないけど、よさを感じるようになってきた。

というわけでみんなで真剣にわーわーしながら作った2018年の夏の結晶が、今週末に枝光本町商店街アイアンシアターでお披露目されるので、お時間あって気が向いた方はお越しください。前売もうないらしいですけど。仕込みで客席数がんばって増やせたら、追加で販売もできることでしょう。善処します。